第2回:ズレは間違いではなかった ― 見えていなかっただけのこと ―

アトラス・エッセイ

こんにちは、\イッカク です。/

今回は、アトラス・エッセイの2回目。

今回から、アトラス理論のアイキャッチ・マスコット⋯結(ゆい)ちゃんが登場です。

第2回:ズレは間違いではなかった

― 見えていなかっただけのこと ―

どうして、こんなにズレるのだろう。

やろうとしていることと、実際にやっていること。
考えていることと、口から出る言葉。
進みたい方向と、なぜか選んでしまう行動。

どこかが噛み合わない。


これまで私は、そのズレを
「間違い」だと思っていた。

集中力が足りない。
意志が弱い。
やり方が悪い。

だから、修正しようとする。
整えようとする。


けれど、本当にそうなのだろうか。


たとえば、こういうときがある。

休んだほうがいいと分かっているのに、動いてしまう。
やらなければならないと分かっているのに、手が止まる。

どちらも、自分だ。


ここで一つの前提が崩れる。

ズレているのは、どちらか一方が間違っているからではない。
両方とも、同時に動いているからだ。


それは、単なる不具合ではない。

むしろ、

一つにまとまらないものが、同時に成立しようとしている状態だ。


だから、ズレは消えない。

消そうとするほど、別の形で現れる。


ここで、もう一つ気づくことがある。

ズレが苦しいのは、
ズレているからではない。


一つに決めなければならないと思っているからだ。


どちらかが正しくて、どちらかが間違っている。
そう思った瞬間に、ズレは「問題」になる。


けれど、もし。

最初から、どちらも同時に存在していいとしたら。


ズレは、ただの現象になる。


そしてそのとき、
見え方が少し変わる。


ズレは、壊れているサインではない。


複数のものが同時に動いていることに、気づくためのサインだ。


だから、無理に消す必要はない。

まずは、そのまま見る。


どこがズレているのか。
何と何が、同時に動いているのか。


そうやって見ていくと、
少しずつ分かってくる。


ズレは、間違いではなかった。


ただ、見えていなかっただけのことだ。


人は、自分の中の何かに向かって進もうとする限り、
何度もズレる。

そして気づくたびに、
静かに、少しずつ、つなぎ直していく。


(第2回 了/続く

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