こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス・エッセイの4回目。
第4回:それでも人は、どこに向かうのか
― 意図という静かな力 ―
葛藤は消えない。
抱えたまま進むしかない。
では、人は。
いったい、どこに向かっているのだろう。
決めているつもりでも、
思うように動けないことがある。
選んだはずなのに、
なぜか別の方向へ引かれていくこともある。
それでも、人は進んでいる。
止まっているように見えても、
何かに向かって動いている。
ここで、ひとつの感覚がある。
うまく言葉にはできないが、
どこかに“しっくりくる方向”がある。
無理に決めたものではない。
誰かに与えられたものでもない。
けれど、確かにある。
それに近づいたとき、
わずかに、ズレが小さくなる。
完全に消えるわけではない。
葛藤もなくならない。
それでも、どこかで分かる。
今、少しだけ、つながっている。
逆に、それから離れていくとき。
どれだけ正しく見える選択でも、
どれだけ評価される行動でも、
どこかで、ズレは広がっていく。
この違いは、とても小さい。
外から見ても分からない。
自分でも、はっきりとは掴めない。
それでも、人は感じ取っている。
どこに向かうと、
少しだけ静かになるのか。
どこから離れると、
わずかにざわつくのか。
その感覚は、強く主張しない。
大きな声で導くこともない。
むしろ、ほとんど聞こえないくらい、静かだ。
だから、見落とされる。
他の声にかき消される。
それでも、消えない。
どれだけ遠回りをしても、
何度ズレても、
また、同じ方向を指し示す。
人は、そこに向かっている。
意図とは、
何かを決める力ではないのかもしれない。
むしろ。
何度ズレても、
それでもなお向かってしまう方向のことなのかもしれない。
だから、人は迷う。
だから、人は戻る。
完全に一致することはない。
それでも、少しずつ近づいていく。
葛藤の中で。
ズレの中で。
それでも、人は進んでいる。
(第4回 了/続く)
