第7回:人は何を選んでいるのか ― 優先という静かな決定 ―

アトラス・エッセイ

こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス・エッセイの7回目。

第7回人は何を選んでいるのか
― 優先という静かな決定 ―

人は、選んでいる。


そう思っている。


けれど、本当にそうだろうか。


やると決めたのに、できない。

やめようと思ったのに、繰り返してしまう。


そのたびに、
意志が弱いのだと思ってしまう。


だが、もしかすると。


選べていないのではなく、
すでに別のものを選んでいるのかもしれない。


たとえば。


休みたいのに動いてしまうとき。

それは、「やる」を選んでいるのではない。


安心を失わないこと。
評価を落とさないこと。
これまで通りであること。


そうした何かを、優先している。


逆に。


やるべきだと分かっているのに、動けないとき。

それは、「やらない」を選んでいるのではない。


疲れを守ること。
失敗を避けること。
自分を壊さないこと。


そうした何かを、優先している。


どちらも、自分だ。


そしてその選択は、
いつも意識の上で行われているわけではない。


気づかないところで、
すでに決まっていることもある。


反射的に。

習慣として。

関係の中で。


それでも。


ときどき、人は気づく。


あえて選び直すことができる、
その瞬間がある。


どの流れに従うのか。

どの層に耳を傾けるのか。


そのとき初めて、
「選ぶ」ということが立ち上がる。


選択とは、
ゼロから決めることではない。


すでに動いている複数のものの中で、
何を前に出すかを決めることだ。


そしてそれが、
優先という形になる。


人は、いつも何かを優先している。


意識しているかどうかに関わらず。


だからこそ。


自分が何を優先しているのかに気づいたとき、
進む方向は、静かに変わり始める。

当たり前の話である、といえば当たり前である。


(第7回 了/続く

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