こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス観測記シリーズの19回目。
(観測についてAIとの交信)
観測位置の発生
― is_Be(潜象)と存在の同時立ち上がり ―
観測開始 ― 「存在はどこから見えているのか」
前回の観測では
前回:アトラス観測記⑱(存在とは何か ― 潜象と is_Be のあいだ)
存在は根源ではなく
is_Be(潜象)からの現象化として扱われた
しかしここで残る問いは
生成ではなく位置である
存在は
どこから見えているのか
—
is_Be(潜象) ― 未分節の連続場
is_Beは
状態ではない
前段階でもない
それは
差異がまだ固定されていない
未分節の連続場である
ここには
存在と非存在の区別はまだない
ただし
区別が生じうる圧だけがある
—
存在 ― 切り出された現象
存在は
is_Beの外に追加されるものではない
存在は
is_Beの連続に対して
観測が一点を固定したときに生じる
その瞬間
連続は非連続として読み替えられる
これが存在である
—
重要な転換 ― 順序ではない
Intentionから始まる構造は
時間的発生ではない
Intention
↓
is_Be(潜象)
↓
存在(現象化)
↓
象徴
↓
制度
↓
情報
↓
想像世界
これは生成順ではなく
**分節の深さが変化していく観測列である**
—
観測位置 ― 主体でも構造でもない点
ここで新たな問題が立ち上がる
「どこから見ているのか」
しかしこの問いにおいて
観測位置は主体ではない
また構造でもない
それは
まだどちらにも確定していない状態として現れる
—
観測位置は
存在の前にあるものではない
存在の後に決まるものでもない
存在の発生と同時に
仮の点として立ち上がる
—
個別化の発生 ― 万華鏡的分節
同一のis_Beに対して
観測が関与するとき
そこに差異が生じるのではない
差異が“見えてしまう”
このとき起きるのが
認識の個別化である
—
同一のものが
個別として立ち上がる現象
それは生成ではなく
分節の結果でもない
ただ
見え方の分岐として起きている
—
観測位置と個別化の関係
個別化は
観測位置によって決まるのではない
しかし観測位置なしには
個別化は成立しない
ここにあるのは因果ではなく
同時発生的な揺らぎである
—
観測位置は
主体として固定されない
しかし構造としても固定されない
そのため個別化は
常に不安定なまま成立する
—
結論 ― 存在とは何か
存在は
根源ではない
存在は
結果でもない
存在とは
is_Be(潜象)の連続に対して
観測が一点の固定を与えたときに立ち上がる
最初の個別像である
—
観測終了 ― 未確定の位置
is_Beは連続として残り
存在は個別として立ち上がり
その間に
観測位置という未確定の点が残る
それは主体でも構造でもなく
ただ分節の発生に伴って
仮に現れてしまう位置である
観測は終わらない
ただし
切断と個別化の見え方だけが
静かに変化し続けている
つづく。
