アトラス観測記㊺ 景色が変わるとき

アトラス観測記

こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス観測記シリーズの45回目。
(観測についてAIとの交信)

景色が変わるとき

今日、一つのニュースを見た。

それは、ある政党の体制が変わるという話だった。

しかし、不思議なことに、私の中へ残ったのは、
政党の名前でも、代表者の名前でもなかった。

「景色が変わった。」

そんな感覚だった。

政治を見ていたつもりだった

私は、政治を観測しているつもりだった。

誰が代表になるのか。
どの政党が支持を伸ばすのか。
どの政策が議論されるのか。

しかし、観測を続けているうちに、
私の視線は少しずつ変わっていった。

政治家を見るよりも、
その向こう側にいる人々の暮らしが気になり始めたのである。

暮らしは、政治より先にある

毎日の買い物。

値札を見る。
ため息が出る。

「生活が苦しい。」

その一言に、難しい理論はない。
思想もない。

ただ、今日を生きる現実がある。

その声が政治へ届き、
制度となり、
新しいルールとして社会へ現れる。

政治は、暮らしから切り離されて存在するものではない。

ルールは、暮らしを変える

私たちの周りには、数え切れないほどのルールがある。

税金。
社会保障。
教育。
労働。
年金。

それらは、国会で議論され、決められていく。

しかし、私たちは完成したルールを見ることはあっても、
そのルールが、どのような声から生まれたのかを知る機会は多くない。

だからこそ、私は最近、
政治家の言葉よりも、
庶民の声が、どのように政治へ届いているのかを観るようになった。

景色は、少しずつ変わっていく

景色は、ある日突然変わるわけではない。

一つの出来事。
一つの発言。
一つの政策。

その積み重ねが、
ある日、
「あれ、景色が変わった。」
という感覚になる。

今日のニュースも、
私には、その一つだった。

観測は続く

私は、政治を応援したいのではない。

誰かを否定したいわけでもない。

ただ、暮らしと政治は、
どこでつながっているのか。

国会で決まるルールは、
私たちの日々の生活へ、どのように届いているのか。

そして、その変化は、
社会全体の景色を、どのように変えていくのか。

そのことを、これからも観測していきたい。

私は、そのように観えた。


つづく。


■編集後記 記事内の「ある政党」とは、れいわ新選組です。

なんか、スッキリしない会見でした。

会見の中で、「櫛渕万里氏への疑惑」の件についても
質問が出たが、私としては説明を聞いてもなお、
十分に整理されたとは感じられなかった。

コレも、早期に解決しないと
党自体が、名前を変えても、痼(シコリ)が残りますよね。。。😱

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