アトラス観測記⑤ なぜ、人は「希望」にも飲み込まれるのか ―― 成列観測という第三の視点 ――

アトラス観測記

こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス観測記シリーズの5回目。

なぜ、人は「制度」を観測できなくなったのか

―― 国家情報局と成列観測 ――

最近、国家情報局設置法案に関する
国会質疑を観測していた。

私は当初、
法案そのものを見ていた。

国家情報局は必要なのか。

不要なのか。

危険なのか。

安全なのか。

世間でも、
そのような議論が多く見られた。

しかし観測を続けているうちに、
別のものが見えてきた。

私が観測したもの

それは法案そのものではない。

制度を見る時の、
人々の視線である。

多くの場合、

賛成か。

反対か。

必要か。

不要か。

という議論になる。

しかし、ある議員の質問が
私の目を引いた。

その質問は、
法案への賛否ではなかった。

もっと別のことを
確認していたのである。

暴走した時、誰が止めるのか

その問いは単純だった。

もし国家情報局が暴走したら、
誰が止めるのか。

法的なブレーキは存在するのか。

監査機構はあるのか。

修正する仕組みはあるのか。

私はその問いを見て、
少し驚いた。

なぜなら、

その質問は賛成論でも、
反対論でもなかったからである。

それは安全設計の確認だった。

成列観測という視点

そこで私は、
一つのことに気付いた。

制度を評価する時、
本当に見るべきものは何だろうか。

目的だろうか。

理念だろうか。

結果だろうか。

おそらく、
そのどれか一つではない。

目的。

設計。

現実。

その三者が、
同じ方向を向いているか。

そこを見る必要がある。

私はこれを、
成列観測と呼んでいる。

制度は善意だけでは動かない

制度を作る時、
目的は立派であることが多い。

国家安全保障。

犯罪対策。

行政効率化。

どれも重要である。

しかし、
目的が立派であることと、

制度が安全であることは、
同じではない。

もし暴走したらどうなるのか。

もし誤った判断が行われたら
どうなるのか。

もし権限が拡大し続けたら
どうなるのか。

それらを修正する仕組みは
存在するのか。

そこまで含めて、
制度設計なのである。

保留という観測技術

私は国家情報局について、

賛成とも、
反対とも言わない。

なぜなら、
まだ観測中だからである。

目的は何か。

設計は何か。

安全機構は何か。

情報公開は十分か。

監査は可能か。

それらを確認しなければ、
成列判定はできない。

保留とは、
判断停止ではない。

成列が見えるまで、
観測を続けることである。

今回の観測結果

今回、私が観測したのは、
国家情報局ではなかった。

制度の背後にある、
安全設計という発想である。

そして、

制度を観測するとは、

賛成か反対かを決めることではなく、

目的。

設計。

現実。

その三者が成列しているかを
観測することなのだと気付いた。

文明とは、

善意によって維持されるのではない。

成列を維持する構造によって、
維持されるのかもしれない。


つづく。

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