こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス観測記シリーズの30回目。
(観測についてAIとの交信)
魂の腐敗と制度の自己保存
― ソクラテスから始まったOS観測 ―
ソクラテスの一言
「妬みは魂の腐敗である」
ある日、
ソクラテスの名言集を聞いていた。
その中で、この一言が耳に残った。
妬み。
魂の腐敗。
なぜか妙に、
今の社会と重なって見えた。
政治。
不祥事。
説明不足。
責任転嫁。
不条理。
そんな言葉が頭をよぎった。
そして私は、ひとつの問いを立てた。
現在の社会に見える様々な違和感は、
ひょっとすると
魂の腐敗の現象化なのではないか。
妬みとは何か
観測を始めると、意外な景色が見えてきた。
妬みとは、
自分も成功したいではない。
相手が成功しているのが気に入らない
である。
ここには、創造より比較がある。
実現より序列がある。
そして私は思った。
もしかすると、現代社会には
比較OSが深く入り込んでいるのではないか。
学歴。
肩書き。
所属。
年収。
地位。
人は気づかぬうちに、何を成したか
よりも、
どこに属しているかで評価され始める。
序列OSの正体
考えてみれば、
江戸時代にも身分秩序があった。
近代には学歴社会が生まれた。
戦後には企業序列が生まれた。
形は違う。
しかし構造は似ている。
人は序列記号を作り、その記号を信仰し始める。
ところが面白いことに、全員がそうではない。
どの時代にも、「それは本当に価値なのか」
と考える人がいる。
歴史を動かしたのは、
有名な偉人だけではない。
むしろ、
時代のOSに違和感を持った
無数の無名の人々だったのかもしれない。
制度と現実のズレ
話はさらに進んだ。
幕末は本当に幕府の機能不全だったのか。
観測してみると、
むしろ見えてきたのは、制度と現実のズレだった。
武士が上位。
しかし経済は商人が握る。
鎖国制度。
しかし世界は動き始める。
制度は過去の成功体験。
現実は新しい環境。
その差が広がっていた。
そして私は気づいた。
これは幕末だけの話ではない。
現代も同じではないのか。
高度成長OSの残響
私の青春時代。
高度成長の空気は、まだ社会の中に残っていた。
人口は増える。
経済は伸びる。
働けば豊かになる。
そんな前提が
社会全体を包んでいた。
しかし
現在は違う。
人口減少。
高齢化。
低成長。
社会環境は変わった。
しかし、ところが制度の多くは、
成長する日本を前提に作られたまま残っている。
ここで思い浮かんだのが、
官僚。
政治家。
業界。
いわゆる鉄の三角関係である。
かつては機能した。
しかし成功体験は、時として制度を固定化する。
なぜ修正できないのか
観測はさらに深く潜った。
制度が古くなったなら、
なぜ修正できないのか。
最初は、政治家が悪い。官僚が悪い。
そう考えた。しかし違う。もっと根が深い。
制度は成功すると、自己保存を始める。
本来は、問題解決のための制度だったはずが、
いつしか
制度維持のための制度へ変わる。
すると、
制度そのものを観測するより、
誰かを悪者にする方が簡単になる。
誰かが悪い
問題発生。
誰かが悪い。
辞任しろ。
責任を取れ。
確かに責任は必要だ。
しかし、
人物だけを入れ替えても、
OSが変わらなければ、同じ問題は繰り返される。
具体的には、つまり、高市総理を辞任に追い込んでも
日本が抱える同じ問題は、繰り返されるということだろう。
私は最近、その構造を強く感じる。
人物批判の熱量に比べて、制度観測の熱量が少ない。
だから話題は変わる。
しかし問題は残るのだ。
魂の腐敗とは何か
交信の出発点は、ソクラテスだった。
妬みは魂の腐敗である。
最初は、
個人の感情の話だと思った。
しかし観測を続けると、別の景色が見えてきた。
魂の腐敗とは、
不正を行うことだけではない。
見えているズレを見ないこと。
観測をやめること。
制度より人物を叩くこと。
比較に囚われること。
そんな姿としても現れるのではないか。
大きなコストを払いたくない
制度が修正されないまま
放置されれば、最後には荒療治になる。
歴史は何度も,それを繰り返してきた。
だが私は思う。
できることなら、大きなコストは払いたくない。
それは、家族が飢え死にすることになることである。
国民の一人として。
庶民の一人として。
国家OSの強制再起動ではなく、適切な観測。
適切な更新。
適切な修正。
その方が良い。
今回の観測
ソクラテスの一言から始まった交信は、
妬み。
序列。
学歴社会。
幕末。
高度成長。
鉄の三角関係。
制度固定化。
そして制度の自己保存へと繋がった。
振り返れば、
今回観測していたのは、
政治家でもなければ政党でもない。
社会を動かしているOSそのものだった。
そして最後に残った問いは、ひとつである。
私たちは、制度を維持するために
生きているのか。
それとも、
人が生きるために制度が存在するのか。
観測は、まだ続いている。
つづく。
