第9章:氣の交感
サトコは、朝の光に包まれて目を覚ました。
木漏れ日が障子に揺れ、窓を少し開ければ、鳥たちのさえずりが、風とともに部屋に入り込んでくる。
その音が、胸の奥にやさしく沁みわたる。
彼女の感覚は、いまや以前とはまったく違っていた。
視覚、聴覚、触覚──そのすべてが、もっと深く、もっと繊細に、世界を受けとめている。
それはまるで、自分の内側が広がり、他者や自然の「氣」と共鳴しているようだった。
目に見えない何かが、たえず行き来していることに、はっきりと氣づくようになっていた。
朝食の支度をする祖母の背中を見たとき。
道を掃く近所の人とすれ違ったとき。
静かに手を合わせるお寺の住職の姿を見たとき。
サトコは、彼らの「氣」がその行為に宿っているのを感じ取った。
行動は言葉以上に、その人の内面を物語る。
それは、言葉では説明しきれない微細な振動だった。
彼女は知った。
人間は、言葉を超えて「氣」でつながっているのだということを。
そして「調和」の氣を放つ人と、「混乱」や「自己中心」の氣をまき散らす人がいることも。
氣は、波紋のように周囲に広がる。
自分がどのような氣を放っているかで、周囲の空氣も変わってしまう。
「氣の質」は、世界との関わり方そのものであり、自分の内面の写し鏡でもあった。
彼女は氣づいた。
誰かを変えることではなく、自分自身の氣を整えることが、世界に最も確かな影響を与えるということに。
それは、大きな革命ではない。
けれど、一人一人の「氣の交感」が積み重なれば、やがて社会の空氣さえも変わっていく。
サトコは、ただ静かに息を吐いた。
目を閉じ、深く深く、自分の中心へと意識を向ける。
そこには、何の揺らぎもない、静謐な泉があった。
彼女は、その泉の水面に、世界を映し出すような感覚を得ていた。
そして、泉から溢れる氣が、自分のまわりを包み、誰かの内なる痛みに寄り添っていくのを感じた。
サトコは歩き出した。
ただ在ること。
それだけで、誰かにとっての「癒やし」となれるように。
つづく。