第7章 波動という言葉では言い尽くせぬもの
サトコは、滝の前に立っていた。
水が落ちる轟音が、大地と空気を震わせている。
その振動は、彼女の内側にも染み込んでくるようだった。
深く呼吸をしながら、彼女は目を閉じた。
耳に入ってくるのは、滝の音だけではなかった。
水の粒が岩にぶつかり、跳ね返る音。
葉の間を吹き抜ける風の音。
遠くで鳴く鳥の声。
そのすべてが、まるで一つのオーケストラのように調和していた。
「わたしは……この音たちの中にいる」
彼女は、そうつぶやいた。
ふと、意識がほどけるように、広がっていった。
身体という境界が薄れ、滝そのものと自分の間にあったはずの「分離感」が、消えていく。
氣が、動いていた。
流れ、渦を巻き、形を変えながら、彼女の内と外を行き来していた。
まるで、自分が水の中に浮かんでいるようだった。
あるいは、自分自身が水だったのかもしれない。
その時だった。
彼女の内側から、言葉にならない響きが立ち上がった。
「わたしは波。すべては海。」
それは比喩ではなく、真理だった。
個の存在である自分が、全体と切り離された孤独な点ではなく、広大な意識のうねりの中にある「一つの波」であるという確信。
波が生まれ、形を変え、やがて消えていくように、私たちもまた、生まれ、生き、死んでいく。
だが、それは消滅ではない。
波は、海に還るだけなのだ。
そして、また新たな波となって現れる。
生と死は、始まりと終わりではない。
それは「変容」という名のリズムだった。
この氣づきは、言葉よりも深く、彼女の魂に焼きついた。
やがて、目を開けると、滝のしぶきが頬を打った。
その感触さえ、彼女にとっては「メッセージ」だった。
自然はいつも、答えを差し出していたのだ。
ただ、それを受け取る器が必要だった。
サトコは、滝に向かって頭を下げた。
「ありがとう」と、声にならない声で唱えた。
そして、静かにその場を離れた。
つづく。
第8章