歴史をさぐる姿勢について

日記


こんにちは、\イッカク/です。
人間とは、肉体そのもの
では無い。と言いたいです。
仮に、じゃ、肉体だと断定しても、
その肉体とやらは、
何年何月時点のモノ、あるいは
いまの肉体とは?
それを自問自答したところで
何にも意味などありません。
つまり、その肉体に様々な情報が
張り付いたとしても、識別意外に
何のための情報なのか?

考えた、挙句に、たどり着いたのは
「競争と所有」にとって
必要だと分かりました。
こういった貼り付ける情報は
「label」=レッテル貼り
をする事で、優位に立てる存在が
生まれるからです。
次に、それは、競争と所有に
繋がっている事を容易に
想像できます。
この所有と競争を自由なものとして
手段を選ばずに、やって良いとする
思想が邪霊を生じさせる元凶と
なったのでしょう。
自由に競争し、勝ったものが
支配し、全てを、自由にできる。
そのために
多くの虐殺も厭わない。
敵の所有物は、金品や奴隷、敵に仕えた
人間を煮るなり焼くなり、自由に
処分して、その文化や文明を
焼き払い、歴史的遺産や記録も
尽く破壊したり、隠蔽したり、
優れていれば、改ざんし自国の歴史
として書き直すであろうことは明確。
コレが、歴史の定義でありましょう。
従って、教科書やプロパガンダから
発せられる歴史情報からは、
偏向された情報、
或いは、隠蔽や消滅した情報
を決して知ることはできません。
だから、学校で学んだ
多くの内容は、支配者に都合良く
できているので、魔に受けて
後生大事に大人になった人間は
都合の良いロボットとしか
利用されません。
歳を取れば、廃棄物扱いが
待っています。
なので、歴史の検証は、田中 英道先生
などの有名人に頼って任せるのでなく、
一緒になって
一つ一つ疑問と答えを得ながら
歴史の検証をする姿勢が
必要です。

では、また。

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