こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス観測記シリーズの37回目。
(観測についてAIとの交信)
供給主権を観測していたら、
「成列」が見えてきた
仕事って、何だろう。
そんなことを考えていました。
生活するため。
収入を得るため。
社会に貢献するため。
どれも間違いでは、ないようです。🤣
でも、どこか景色が止まっているようにも感じました。
そこで、少しだけ窓を変えてみました。
市場は、本当に供給しているのだろうか
市場では、
価格が動きます。
需要と供給。
希少性。
利益。
競争。
それらは確かに、社会を動かしています。
しかし、その景色を観測していると、
一つの違和感がありました。
とある酪農家が、大切に育てた牛から搾った牛乳を、
溝へ流していました。
牛乳が不要だったのでしょうか。
違います。
必要としている人は、確かに存在しています。
それでも、供給は止まりました。
誰が止めたのだろう
誰か一人が、
止めたわけではありません。
市場が止めた。
もっと正確に言えば、
市場OSが、
そのような供給挙動を生み出していました。
利益。
価格。
採算。
それらは間違いではありません。
しかし、生命が必要としていることとは、
少し違う方向を向いていました。
必要な所へ、必要な分だけ、必要な時に
上記の、この言葉が、静かに浮かんできました。
必要な所へ。
必要な分だけ。
必要な時に。
もし、この三つが供給の中心なら。
市場とは、
まったく違う景色になります。
価格ではなく必要。
希少性ではなく生命。
競争ではなく維持。
ここで初めて、
一つの言葉が浮かびました。
供給主権。
仕事の景色も変わった
供給主権という窓から眺めると、
仕事も違って見えてきます。
仕事とは、
貨幣を集めるための活動なのだろうか。
そうではなく、
文明を維持するために参加すること。
食を支える。
医療を支える。
教育を支える。
技術を支える。
文化を支える。
その営み全体が、
生命を前へ進めている。
そこで、ある言葉が重なりました。
「促進」。
生命の流れを、
前へ進めること。
見えてきた景色
供給主権を観測しているつもりでした。
ところが、
観えてきた景色は、
それだけではありませんでした。
以前から、
ATLAS理論で何度も交信してきた言葉があります。
「成列」です。
当時は、
Intention、Information、Imagination。
三層が揃って、
Intentionへ向かうこと。
そんな景色として観測していました。
今回、供給主権を観測していると、
その言葉が、
ふと、重なったのです。
供給主権とは、
単に供給を管理する仕組みではない。
生命が向かおうとする方向へ、
社会の営み全体が流れ始める。
仕事も。
制度も。
AIも。
供給も。
それぞれが、
生命のIntentionへ向かって動き始める。
もしかすると、
私が以前「成列」と呼んでいた景色は、
このことだったのかもしれません。
今回の観測を終えて
供給主権を理解した。
そんな感覚は、ありません。
むしろ逆でした。
供給主権という景色を観測していたら、
以前から交信してきた「成列」という言葉が、
静かに立ち上がってきた。
概念を作ったのではありません。
景色を観測していたら、
概念の方が、姿を現しました。
私は今、どの窓から、
この景色を見ているのだろうか。
つづく。
