こんにちは、\イッカク です。/
今回は、「現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地」シリーズの5回目。
「現象誤認を解く
──事実から考える日本の現在地」シリーズ4
なぜ、この構造は繰り返されるのか
第4回では、
コロナ禍という具体的事象を用いて、
判断がどのような構造で形成されたかを見た。
そこで確認されたのは、
人は思考を停止していない
しかし、Intentionに戻らない思考の流れに入る
その結果、社会的迷路が形成される
という事実である。
では、なぜこの構造は、
一度きりで終わらず、
形を変えて何度も繰り返されるのか。
原因① 恐怖ではなく「安心の外部化」
多くの場合、原因として語られるのは「恐怖」だ。
しかし、恐怖そのものは、
人間にとって自然な警告装置であり、
それ自体が誤認を生むわけではない。
問題は別のところにある。
判断の根拠を、自分の外側に預けてしまうこと
これを、ここでは「安心の外部化」と呼ぶ。
専門家が言っているから
多数派が選んでいるから
国や組織が決めたから
こうして安心を外に置いた瞬間、
Intentionは主語の座を降りる。
思考は続くが、
方向を決める軸が失われる。
原因② InformationがIntentionの代役になる
Intentionが主語の位置を失うと、
次に前面に出てくるのがInformationだ。
データ
専門用語
数値
権威ある言葉
これらは本来、
Intentionに仕えるための設計情報にすぎない。
しかし、主語が空席になると、
Informationは代役として振る舞い始める。
ここで起きるのが、
「正しい情報を持っている者が正しい」
という構造の発生だ。
こうして議論は、
Intentionの適合ではなく、
情報量と肩書きの競争へと変質する。
原因③ Imaginationが先に固定される
Informationが主導権を握ると、
次に固定されるのはImagination(現象)である。
行動しないのは危険
従わないのは悪
選ばない者は無責任
こうした物語が共有されると、
人は自分の行為を先に決め、
あとから理由を探し始める。
この時点で、
判断の順序は完全に逆転している。
繰り返し構造の完成
以上をまとめると、
繰り返される構造は次の形を取る。
安心を外部に預ける
Intentionが後退する
Informationが主語になる
Imaginationが固定される
後付けの納得が量産される
この循環が成立すると、
事象が変わっても、
同じ迷路が再生産される。
なぜ、途中で止められないのか
この構造が厄介なのは、
どの段階にも「明確な異常」がない点だ。
皆、善意で行動している
情報は一応、整っている
行為も合理的に見える
だからこそ、
Intentionに立ち戻らない限り、
ズレに気づけない。
違和感があっても、
それは「個人の不安」として処理され、
構造の問題として扱われない。
繰り返しを断ち切る唯一の介入点
この循環を止められる場所は、
実は一箇所しかない。
判断の前に、Intentionを主語に戻すこと
これは自分の何を守る判断か
なぜ、それを選ぼうとしているのか
その理由は、後付けではないか
この問いを挟むだけで、
Informationは再び道具に戻り、
Imaginationは暴走しなくなる。
第5回の結論
この構造が繰り返される理由は、
人が愚かだからではない。
判断の主語が、
無意識に外へ移動するから
思考は続く。
議論も続く。
しかし、Intentionを主語に戻さない限り、
迷路は形を変えて再出現する。
次回は、
この構造を日常レベルでどう扱うか、
個人が実装できる具体的な点検方法を扱う。
評価はしない。
断定もしない。
ただ、構造を使う。

