第4章:氣の声を聴く
サトコは、滝のそばの苔むした岩に腰を下ろした。
濡れた石の冷たさが、逆に身体の芯を目覚めさせてくれるようだった。
耳を澄ませば、滝の音。
水しぶきが砕け、無数の粒となって空氣を震わせていた。
その一つ一つが、なぜか言葉のように聴こえる。
誰かが、語りかけてくるような、そんな錯覚——いや、確信。
「おまえは、おまえのままで、いい」
ふと、そんな言葉が心に染み入った。
サトコの目から、ぽろりと涙が落ちた。
彼女は、これまでずっと「何かにならなければ」と思っていた。
誰かに認められるような存在にならないと、ここにいてはいけない気がしていた。
けれど滝の前では、そんな焦りや不安が、まるで意味をなさなかった。
この瞬間、彼女は初めて氣づいた。
「わたしは、わたしのままでいいんだ」と。
この氣づきは、ただの安堵ではなかった。
むしろ、大いなる責任のはじまりのようなものだった。
何かに「なる」のではなく、「ある」ことそのものに深い意味がある。
それが、彼女の使命の入り口だと、魂が告げていた。
滝から吹き下ろす風が、肌を撫でる。
風は、サトコの中の不要なものを吹き飛ばしていくようだった。
それは恐れだったり、怒りだったり、誰かへの嫉妬や自責の念。
そんな濁った感情が、少しずつ剥がれていく。
その剥がれていく感覚の中で、彼女は自分の「氣」を感じ始めていた。
内側からゆらぎ、ひろがっていく。
まるで、宇宙と共鳴し合っているかのような静けさと力強さ。
その時だった。
彼女の中に、かすかな聲が聴こえた。
「氣の声を聴け。
それは、生命そのものの聲」
誰の聲でもない、けれど懐かしい響き。
それは、かつての誰かの記憶なのか、もっと大きな意識の残響なのか。
ただ一つ言えるのは、それは真実だった。
サトコは、目を閉じた。
すると、すべてが「在る」という感覚がやってきた。
自分も、岩も、水も、風も、音も。
それぞれがそれぞれの振動で存在していて、すべてが一つの楽章のように調和していた。
彼女は微笑んだ。
何かが始まる——いや、すでに始まっていたのかもしれない。
つづく。
第5章