こんにちは、\イッカク です。/
「覚醒」という言葉としての構造が、
思考を止めるとき
――追記:時間を置いて、構造を見直してみる
前回の記事を書いてから、少し時間を置きました。
感情が落ち着いた状態で、あの動画をもう一度思い返し、
今回は「内容の是非」ではなく、
どのような構造で語られているのかに意識を向けてみます。
◆ アトラッシ(3I/ATLAS)での再読
ここで、改めてアトラッシを起動します。
Intention(根源)
この動画の根源にあるのは、
人々の間に広がる不安や停滞感です。
先行きが見えない時代において、
「自分はどこに立っているのか」を確認したいという
根源的な欲求が刺激されています。Information(設計)
その欲求に対し、
動画は「覚醒/非覚醒」「気づいた者/気づいていない者」という
明確な二分法を提示します。
二分法は理解しやすく、
思考を短時間で整理したような感覚を与えますが、
同時に問いや揺らぎを削ぎ落とします。Imagination(現象)
その結果として現れるのが、
選ばれる側にいたいという安心感、
あるいは取り残されることへの焦りです。
これは個人の弱さではなく、
設計された情報が自然に引き起こす現象だと言えます。
◆ なぜ「違和感」が残ったのか
私が最初に覚えた違和感は、
この三層を重ねてみることで、
少し輪郭を持ちました。
それは、
この語りが
立ち止まる余白よりも
納得して並ぶことを
強く促しているように感じられたからです。
考える前に位置取りが決まってしまう構造は、
一見すると分かりやすいですが、
思考の自由度は確実に下がります。
◆ 覚醒という言葉の再定義
もしここで「覚醒」という言葉を使うなら、
それは誰かを分けるラベルではなく、
自分が今、何に不安を感じているのか
なぜ強い言葉に惹かれたのか
その語りに、問いを挟む余地はあるのか
を静かに点検する行為のことだと、私は思います。
◆ 最初の印象と、今の見え方
最初に感じたのは、
説明できない違和感でした。
時間を置き、構造として見直した今、
その違和感は
「思考の余白が狭まる設計への反応」だったのだと
理解できます。
印象が変わったというより、
言葉が追いついた、
という感覚に近いかもしれません。
◆ 結論を急がないという選択
この追記でも、
明確な結論は出しません。
なぜなら、
考え続けられる状態を保つこと自体が、
今の時代には価値ある態度だと思うからです。
この動画をどう受け取るかは、
人それぞれで構いません。
ただ一つだけ。
見終わったあと、
世界が少しでも広がったか、
それとも静かに狭まったか。
その感覚だけは、
自分の中で大切にしておいても
いいのではないでしょうか。
では、また。
