迷う人は、思考を止めているのではない:「現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地」シリーズ2

アトラス理論で読む:現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地

こんにちは、\イッカク です。/

今回は、「現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地」シリーズの3回目。

現象誤認を解く
──事実から考える日本の現在地 シリーズ2

迷う人は、思考を止めているのではない

ここで、これまでの記述を一度、正確に修正しておきたい。

人は、誤った認識に陥るとき、思考を停止しているわけではない
むしろ逆で、

思考し続けているが、
成列しない方向の流れに巻き込まれていく

という状態に置かれている。

これは重要な違いだ。

「考えていない」「疑問を持たなかった」という表現は、
無意識のうちに主体へ責任を押し付けてしまう。
しかし実態はそうではない。

人は考えている。
ただ、その思考が――
Intention(根源)と接続しない情報配置の中で
循環している
だけだ。


誤認は、停止ではなく“流れ”で起こる

誤認は、ある一点で思考が止まった結果ではない。

  • 与えられた情報

  • 強調された恐怖

  • 社会的同調圧力

  • 善悪二元化された物語

これらが組み合わさることで、
Intentionに戻らない思考の流れが形成される。

一度その流れに入ると、
人は疑問を持ちながらも、
同じ平面上をぐるぐると回り続ける。

これが「迷路化」だ。


迷路から抜ける唯一の方法

では、この迷路からどう抜けるのか。

新しい情報を集めることではない。
誰かの正解を信じることでもない。

行うべきことは、ただ一つ。

Intentionに適合しているかどうかを査定すること

それだけだ。


信仰が果たしてきた役割

宗教においては、
この役割を「神の導き」という概念が担ってきた。

善悪や損得の前に、

それは、神の意志に適っているか

という上位判断軸が存在する。

これは、思考停止装置ではない。
迷路に入らないための構造的出口だ。


宗教を持たない人間は、何を拠り所にするのか

現代の多くの人は、特定の宗教を持たない。
では、その場合、人は何を頼りに判断すればよいのか。

答えは、すでに持っている。

自分が扱っているその事象は、
Intentionに適合しているか

この問いを立てられるかどうかだ。


成列という判定

Intentionに接続していれば、
Information(設計)は整い、
Imagination(現象)は破綻しない。

この三層が貫通している状態を、
アトラス理論では「成列」と呼ぶ。

逆に、

  • 設計がどれほど精緻でも

  • 現象が一見うまく回っていても

Intentionと接続していなければ、
それは乱列だ。


第3回の結論

人は、誤認のとき、思考を止めていない。

成列しない思考の流れに入り込んでいるだけだ。

だから必要なのは、

  • もっと考えることではない

  • もっと情報を集めることでもない

Intentionへ戻るための構造的問いである。


次回(第4回)は、
この構造が社会的にどう再現されたのかを、
具体的な事象事例で検証する。

評価はしない。
断定もしない。

ただ、構造だけを見る。


では、また。

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