第5章:宮城先生の言葉:短編小説「わたしは水滴、そしてすべては海へ」

サトコの目覚め

第5章:宮城先生の言葉

山を下りてから数日が経った。
サトコの中には、何かが静かに変わり続けていた。
外見は同じでも、感じ方も、考え方も、世界の見え方すら変わっていた。

かつて通っていた小学校の近くに、宮城先生の姿を見つけたのは偶然だった。
いや、偶然ではなかったのかもしれない。

「先生……」

声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
昔と変わらぬ穏やかな笑顔。
その目には、すべてを見通すような深い静けさがあった。

「サトコか……来ると思っていたよ」

先生の一言に、サトコは驚かなかった。
その聲は、あの滝の前で聞いた聲と、どこか似ていた。

「先生……私、自分の内側にある“氣”を感じました。
 あの滝の前で、すべてとつながっている感覚を……」

先生は頷いた。

「氣とは、流れであり、響きだ。
 そして、それは人と自然、見えるものと見えざるものをつなぐ道でもある」

二人は、学校の裏手にある古いベンチに腰かけた。
風がゆっくりと木々を揺らし、葉擦れの音が静かに耳をくすぐる。

「サトコ、おまえは“氣”を感じたと言ったが、それは始まりにすぎない。
 感じた氣を、今度は“動かす”ことを覚えるんだ」

「動かす……?」

「氣は波動であり、意志でもある。
 自分の意識が、どうあるかによって、氣は流れを変える。
 他者との関係も、世界との関わりも、すべてはその氣の共鳴によって成り立っている」

サトコは、自分の内側で何かが開かれていくのを感じた。
思考ではなく、もっと深い、魂の層で響いているような感覚。

「氣は、他者を支配するために使うものではない。
 氣を通して、すべてと“調和”するんだ」

先生の言葉は、まるで大地に根を下ろすようだった。
言葉が、音であると同時に波であり、振動であり、存在そのものを動かす力だと知った。

「合氣道は、それを身体で学ぶ方法の一つだ。
 だが本当の“合氣”は、技ではなく“在り方”だ。
 サトコ、おまえがこれから進む道は、見えないものとの対話が必要になる。
 そのためには、“氣の声”を聞き続けなければならない」

サトコは、深く頷いた。
先生の言葉が、自分の中の空洞をひとつひとつ満たしていくようだった。

「ありがとう、先生。
 私、もっと深く知りたい。
 この氣というもの、私自身のこと、そして……この世界の本当の姿を」

「それでこそ、サトコだ」

先生は立ち上がった。
その背中は、以前より小さく見えたけれど、不思議ととても大きな存在に感じられた。


つづく。

第6章

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