こんにちは、\イッカク です。/
今回は、なぜ日本の財政は
一般と特別に分けているのか?について考えます。
日本の財政ダブルスタンダードは、
なぜ一本化できないのか
――一般会計と特別会計の「構造核」をめぐる思考実験
はじめに:陰謀論ではなく、制度の話をしよう
「日本の財政は本当に危機なのか?」
この問いから、
多くの議論は政治・官僚・増税・国際関係といった
“物語”へ流れていきます。
しかし今回、私たちが辿ったのはまったく別の道でした。
扱うのは善悪でも、
誰が得をしているかでもありません。
**これは、日本の財政制度そのものが
どう設計されているかという“OSの話”**です。
キーワードはよく知られたこれです。
一般会計(国民に見える赤字)
特別会計(見えにくい黒字・資産)
この「財政のダブルスタンダード」は、なぜ一本化できないのか。
結論から言えば、それは“やる気がないから”ではありません。
制度的に、一本化すると意味が壊れる構造になっているからです。
① 日本の財政は三つの会計OSで動いている
日本の財政は、実は次の三層で構成されています。
【一般会計】── 国民向けの単年度収支
【特別会計】── 目的別・閉鎖型の資金循環
【政府関係機関勘定】── 年金・外貨準備などの巨大資産
重要なのは、これらが「同じ財布の別ポケット」ではない点です。
それぞれ目的・会計原理・時間軸が異なる、別OSとして設計されています。
② 一本化を拒む三つの制度機能(構造核)
A. 目的別会計原則
特別会計は
「この目的のために、この資金だけを使う」
ことを前提に作られています。
外為特会:為替安定
年金特会:将来給付のための積立
交付税特会:地方財政の調整
一般会計のような
“何でも入る箱”とは、
そもそも論理が一致しません。
B. 資金循環の閉鎖性
特別会計は、
内部で資金が循環する閉鎖系です。
たとえば外為特会では、
為替差益・差損
国債利回り
が内部で処理されます。
これを一般会計に接続すると、
循環は外部に漏れ、制度の前提が崩れます。
※補足イメージ:
仮に外為特会の為替差益を
一般会計に流し込むと、
その年の為替変動だけで
「財政黒字/赤字」が激変します。
これは政策評価として意味を持ちません。
C. 会計基準の非互換性
一般会計:単年度主義
年金:数十年スパンのアクチュアリー方式
外為特会:評価損益方式
これは単なるルール違いではなく、
時間の捉え方そのものが違うという問題です。
統合すると、
数字は出せても「何を意味するのか」が分からなくなります。
③ 不可逆になった制度確定点
この三層構造が“戻れなくなった”のは、
特定の事件や人物ではありません。
制度改変が重なった結果です。
1954年:特別会計法
1961年:外為特会の創設
1973年:年金積立方式の本格化
この時点で、日本の財政は
「単年度の家計簿」では管理できないOSに
移行しました。
コロナ禍など近年の財政対応は、
このOSの上での“運用変更”にすぎません。
④ 一本化すると何が壊れるのか
一本化の問題点は「透明性」ではありません。
壊れるのは、次の三点です。
評価方式が混線し、収支の意味が消える
資金循環が破壊され、制度目的が失われる
資産と負債の対応関係が崩れる
結果として、
財政指標そのものが“読めない数字”になります。
⑤ では、次に問うべきは何か
ここまで来ると、問いは変わります。
「一本化すべきか?」ではない
「隠しているか?」でもない
本当の問いは、
異なるOSを、国民がどう“同時に理解できる形”で可視化するか
なのだと思います。
統合ではなく翻訳。
単純化ではなく構造の説明。
日本の財政問題は、その入口に立ったところです。
おわりに:これは結論ではなく、思考ツール
この記事は、政策提言ではありません。
ただ一つ提供したいのは、
**「日本の財政をOSとして見る視点」**です。
この視点は、財政に限らず、
医療、年金、教育など、他の制度にもそのまま使えます。
議論が噛み合わないとき、
そこにはたいてい“OSの違い”があります。
その違いに気づけたなら、
もう一段深い議論ができるはずです。

