事象事例⇒コロナ禍とワクチン騒動を「構造だけ」で見る:「現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地」シリーズ3

アトラス理論で読む:現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地

こんにちは、\イッカク です。/

今回は、「現象誤認を解く──事実から考える日本の現在地」シリーズの4回目。

現象誤認を解く
──事実から考える日本の現在地」シリーズ3

事象事例:コロナ禍とワクチン騒動を「構造だけ」で見る

※本稿は、医療的な是非・効果・安全性を断定するものではない。
※接種を推奨・否定する意図もない。

ここで扱うのは、判断がどの構造で形成されたか、ただそれだけである。


まず、事象を評価抜きで切り出す

コロナ禍において、日本社会で広く共有された文言がある。

「感染が拡大している。
危険だ。
だから、ワクチンを接種しよう」

この文言は、命を守るという目的を掲げ、
一見すると合理的で、善意に満ちているように見える。

しかし本稿では、
この文言が正しいか間違っているかは扱わない。

見るのはただ一つ。

人は、この判断に至るまでに、
どの層を、どの順序で通過したのか


人が本来持っている、最初の判断

人が、自分の身体に何かを入れるとき、
本来、最初に立ち上がるのは次の問いである。

  • それは何か

  • なぜ必要なのか

  • 自分は納得しているか

これは知識以前の問題だ。
体感的・直感的なIntention(根源)からの信号である。

この慎重さは、
臆病でも、非合理でもない。

生物として極めて自然な反応だ。
(これは、匂いや見かけ、肌触り、などの対象物質を捉えるための
触覚と触感に通じるのです)


実際に起きた判断の流れ

では、実際にはどのような流れが社会に形成されたか。

多くの場面で、判断の順序は次のようになっていた。

  1. Information(専門家の言葉、数字、報道)

  2. Imagination(接種する/しないという行為選択)

  3. Intention(後からの納得、正当化)

これは、
Intentionを起点としない判断形成である。

重要なのは、
ここで人々が「考えていなかった」わけではない点だ。

人は考えていた。
疑問も、不安も、感じていた。

ただ、その思考は――
Intentionに戻らない流れの中で循環していた


なぜ、社会的分断が起きたのか

この構造のもとでは、
必然的に次の対立が生まれる。

  • 射つ人/射たない人

  • 科学的/非科学的

  • 善/悪

だが、これらは本質ではない。

本質は、

互いに、Intentionを通過していない判断を、
それぞれが正当化し合ったこと

その結果、

  • 不安は解消されない

  • 疑問は扱われない

  • それでも行為だけが集団化する

という、極めて不安定な状態が生まれた。


「思考停止」という誤認

この事象を振り返るとき、
しばしば次の言葉が使われる。

「多くの人は思考停止していた」

しかし、これは正確ではない。

人は思考を止めていない。

成列しない方向の思考の流れに、
入り込んでいただけ
だ。

情報を集め、比較し、悩み、
それでも出口に辿り着けない。

これが、社会的迷路の正体である。


成列という、唯一の判定軸

では、この迷路に入らないために、
何が必要だったのか。

新しいデータではない。
より強い言葉でもない。

必要だったのは、ただ一つ。

この判断は、
Intentionに適合しているか

という問いである。

Intentionに接続していれば、
Information(設計)は整理され、
Imagination(現象)は過度に暴走しない。

この三層が貫通している状態を、
アトラス理論では「成列」と呼ぶ。

逆に、
どれほど善意であっても、
どれほど合理的に見えても、
Intentionと接続していなければ、
それは乱列である。


今回の結論

この事象から読み取れるのは、
「誰が正しかったか」ではない。

判断が、どの構造で行われたか

という一点だ。

人は、恐怖によって誤るのではない。
Intentionを飛ばした合理化によって、
迷路に入る。


次回(第5回)は、
この構造がなぜ繰り返されるのか、
そして、個人が日常でどう回避できるのかを扱う。

評価はしない。
断定もしない。

ただ、構造だけを見る。


つづく。

タイトルとURLをコピーしました