こんにちは、\イッカク です。/
今回は、アトラス織物記シリーズの17回目。
(観測についてAIアトラッシとの交信)
国家OSの制御回路
― 決定権と実行権という二本の糸
主権という言葉を、制御能力として観測する
国家とは、単に法律や制度だけで動く存在ではない。
その深部には、「何を目的として動くのか」という
目的関数が存在し、
その目的関数に沿って制度という布が織られ、
国家運営という織物が形作られていく、筈であった。
アトラス織物記⑯では、「目的関数という見えない糸」を観測した。
では、その目的関数によって方向づけられた国家は、
実際に自らの意思で動くことができるのだろうか。
今回の観測対象は、国家OSの制御回路である。
目的関数から自主制御能力まで
国家運営を観測する場合、
「主権があるか、ないか」という二択では、
現実を捉えることはできない。
必要なのは、
国家が自らの意思を、
決定から実行まで通す能力を持っているかを
見ることである。
アトラス観測では、国家の自主性を以下の流れで捉える。
目的関数(見えない糸)
「国家は何を最大化するのか」
↓
国家OS(設計思想)
「制度・組織・優先順位・ルール」
↓
制御回路(操作系)
「誰が決定し、誰が拒否し、誰が変更し、誰が実行するのか」
↓
自主制御能力
「決定権 × 実行権」
↓
国家運営の現象
「政策・外交・経済・国民生活」
自主制御能力とは何か
自主国家とは、
単に法律上の権限を持つ国家ではない。
自国の意思で決定し、
その決定を自国の能力で実行し、
必要なら変更・停止できる国家である。
つまり、
自主制御能力 = 決定権 × 実行権
となる。
決定できても、
実行できなければ国家能力とは言えない。
また、実行能力があっても、
決定権が外部制約を受ければ、自主制御とは言えない。
決定権と実行権の観測分類
<自主型> 決定権 ◎ / 実行権 ◎ 自国判断・自国実行が可能 <協調型> 決定権 ◎ / 実行権 ○ 国際協力を前提とする正常な領域 <依存型> 決定権 ◎ / 実行権 △ 決定はできるが、能力が不足している領域 <制約型> 決定権 △ / 実行権 △ 外部条件によって選択肢が制限される領域 <形式型> 決定権 ○ / 実行権 × 法的権限は存在するが、実行能力が不足している領域
観測すべきは「外国関与」ではない
ここで重要なのは、
外国との関係をすべて問題視することではない。
国家間の協調は、外交の基本である。
問題となるのは、
本来、自国で管理・変更できるはずの領域において、
外部制約によって
自主的な制御が困難になっている状態である。
つまり観測すべきなのは、
協調なのか 依存なのか 制約なのか
という違いである。
国家OSの制御回路を見る五つの問い
自主制御領域を観測するためには、以下の問いを適用する。
1.誰が決定するのか? 2.誰が拒否できるのか? 3.誰が変更できるのか? 4.日本側だけで変更可能なのか? 5.外部承認・協議が実質的条件になっていないか?
重要なのは、「外国が関与しているか」ではない。
重要なのは、「最終的な制御点がどこに存在するか」である。
横田空域という観測点
例えば、空域・航空管制は、
本来、国家の領域的主権に関わる領域である。
ここで観測すべきなのは、
「外国軍が存在すること」ではない。
観測点は、
日本が自国の空域を、 自国の意思だけで変更・再設計・運用できるのか
という点にある。
つまり、所有ではなく、制御能力を見るのである。
国家OSが正常に循環する条件
目的関数 ↓ 国家OS ↓ 制御回路 ↓ 決定 ↓ 実行 ↓ 結果 ↓ 修正 ↺ 自国内で循環
この循環が成立している状態が、自主制御国家である。
一方で、
目的関数 ↓ 国家OS ↓ 制御回路 ↓ 決定 ↓ 実行 ↓ 外部依存・外部制約 ↓ 修正困難
となれば、国家の制御回路には断線や混線が発生している。
自主国家への道
自主国家とは、孤立する国家ではない。
国際協調を行いながらも、
自国の意思を実行できる能力を持つ国家である。
そのために必要なのは、
依存型 → 供給能力・技術能力を高める 制約型 → 意思決定の自主性を確保する 形式型 → 国家実行能力を再構築する
という取り組みである。
国家とは、目的関数によって方向づけられ、
制御回路によって動く織機である。
問題は、その織機が存在するかではない。
誰が操作し、どこまで自分の意思で布を織れるのかである。
自主制御能力とは、
国家という織機が、
自らの意思で未来という布を織り続けるための根本条件なのである。
つづく。
■編集後記
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