『証拠なき真実 〜見えざるものが語るとき〜』
第三章 記録にない会話

サトコの目覚め

第三章 記録にない会話

 午後の陽射しが校舎の窓ガラスを斜めに照らし、
教室の床に幾何学模様の光を落としていた。
 サトコは机の端に腰かけ、宮城先生の話を聞いていた。
授業が終わってから、
もう一時間近く経っていたが、
ふたりの会話は終わる氣配を見せなかった。

「……で、結局、その事故も、
“操作ミス”ってことにされました。
でも、地元では『あれはおかしい』って今でも言われてるんです」

 サトコが語る“事故”には、
公式な記録が残っていなかった。
少なくとも、新聞記事にも警察発表にも、
それらしい記述は見つけられない。
 けれど、地元の人々の間では語り継がれている。
あの日、夜の山道で何があったのか――。

 宮城は黙って聞いていた。
うなずきながら、彼女の目を見て。

「サトコ。こういう場合、
“記録”がないってことは、何を意味すると思う?」

 問いかけに、サトコはすぐには答えられなかった。
 だが、しばらく考えてから、静かに口を開いた。

「……記録に残すと、都合が悪い。
もしくは、“記録できない種類の現象”だった、
ってことかもしれません」
(そうですよね、COVID-19のワクチン液成分も
「記録されない」ようにしましたよね)

 宮城は頷いた。

「そうだ。記録とは、
あくまで“人間が記したもの”でしかない。
つまり、それを書く“側”の都合が、常に入っている。
 逆に、“記録にない”という事実そのものが、
重要な意味を持つ場合がある。辻褄が合わないときには特に、な

「辻褄……」

 その言葉にサトコは反応した。
 最近、彼女の頭の中で頻繁に浮かぶキーワードだった。
“整合性”。
“整っている”という感覚。

 宮城は続ける。

「事象というのは、
“それだけを見ても”わからん。
前後関係、
関係者、
背景、
感情、
動機……そうした“氣”の流れを読み取らなければ、
表面的な“証拠”だけでは、真実には辿り着けない

 サトコは、その言葉に、
これまで体験してきた出来事の数々を重ねた。
 クラスで起きた些細ないじめ、
街で目撃した妙な光景、そして……あの夜の“山の出来事”。

「じゃあ、先生。
もし、何も記録が残っていない場合でも、
辻褄が合うなら、それを“証拠”と呼んでもいいんですか?

 宮城は目を細めて笑った。

「それは、見事な問いだね、サトコ。
 結論から言えば……
状況証拠と呼ばれる領域だろう
だが本質的には、“記録がなくても、
符合する現象が多層的に重なる”
なら、それはすでに“氣の証明”とも言える」

 氣の証明。

 物理の世界では扱えないが、
確かに感じ取れるもの。
 誰かが何かを隠しているときの空氣、
真剣な想いが空間を満たすときの重み――。

「先生は、昔、“氣”って、感じられるものだって言いましたよね。
 今、なんとなくわかってきた氣がします。
見えないけれど、“ある”。むしろ、そこにこそ、真実が隠れているような……」

「その通りだよ。
 真実とは、物的証拠だけに依存するものではない。
 むしろ、現代は“証拠があることしか真実と認めない”という、
ある種の偏った価値観に縛られている」

 宮城の声には、怒りではなく、深い哀しみが滲んでいた。

「記録にない会話、記録されない感情、
記録を残すことすら許されなかった出来事……。
 そこにこそ、人間らしさがあるし、
魂の叫びが宿っている。
 だからこそ、君のような
“感じ取れる人間”が、この世界に必要なんだ」

 サトコは、少しだけうつむいて、そして小さく微笑んだ。
 まるで、心の中に点いた微かな光が、自分を照らし始めたかのように。

 教室の窓から見える空は、すっかり夕方の色に染まっていた。
 その赤みを帯びた光の中で、サトコはひとつ決意した。

 “記録にない真実”を、見つけ出す目を持とうと。

 


つづく。

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