『証拠なき真実 〜見えざるものが語るとき〜』
第一章 封印されたノート

サトコの目覚め


こんにちは、\イッカクです/
以下、【サトコの目覚めシリーズ】短編小説です。

第一章 封印されたノート

 薄曇りの午後、サトコはふと、
実家の物置にしまわれた古い段ボールを開けた。
埃をかぶった箱の中には、小学校時代の文集や賞状、
そして見慣れぬ一冊の黒いノートがあった。

 「……これ、なんだろう」

 表紙には何も書かれていない。だが、手に取った瞬間、
指先に微かな震えが走った。何かの「氣」が宿っているように感じたのだ。

 サトコは小学生のころ、担任だった宮城先生から
「人とは何か」「世界はどう動いているのか」を学びはじめ、
それが彼女の探究心の原点となった。
教師というより、導師に近かった。
あれから十数年、サトコは大学で哲学と物理学を学び、
今は小さな出版社で編集の仕事をしている。

 居間に戻り、急須から湯呑みに番茶を注ぐ。
ゆっくりと腰をおろし、黒いノートを開いた。

 最初のページには、
宮城と彼女の会話が記されていた。


「先生、証拠って、本当に真実を証明できるものなんですか?」

「いい質問だな、サトコ。
証拠というのはね、過去に起きた“事象の痕跡”に過ぎない。
たとえば誰かが落とした足跡を見て“ここを通った”と判断する。
でも、その人がなぜ通ったのか、
本当にその目的だったのかまでは、足跡からは分からない」

「じゃあ、証拠って、真実じゃない?」

「証拠は、真実に触れるための“鍵”にはなるが、
“真実そのもの”ではない。
だが現代社会は、その鍵を金庫の中身と誤認している」


 サトコは思わず息を飲んだ。
小学生の自分がこんな問いをしていたのかと驚きながら、
ノートの続きをめくる。

 その中には、新聞に載らなかったニュース、
国会で取り上げられなかった問題、
あるいは「陰謀論」として処理された出来事の切り抜きと、
宮城の手書きのメモが並んでいた。

 《なぜこの報道は一週間で消えたのか?》

 《関係者が全員、三ヶ月以内に死亡している理由は偶然か?》

 《ファクトチェックとは、誰が“真実”を決めているのかを問うべき》

 サトコはページをめくるごとに、
胸の奥がざわついていくのを感じた。
記憶の底で眠っていた問いが、再び呼び覚まされていく。

 宮城先生は、サトコが小学校を卒業してすぐ、定年を前に突然退職した。
その理由は明かされなかった。
学校も家庭も、「まあ、年齢的にね」と濁すばかりだった。

 けれどサトコは知っていた。
先生はある事件をきっかけに、何かに氣づき、
黙ってはおけなくなったのだと。

 そして今、このノートが、それを裏付けていた。


 その夜、サトコは夢を見た。

 教室の片隅で、宮城先生が小さなホワイトボードに何かを書いている。
サトコは教壇に立ってその文字を読むが、内容はすぐに霞んでしまう。

 ただ、最後に先生がサトコを見て、
こう言ったのをはっきりと覚えていた。

 「真実は、目に見えないものの中にある。
“証拠”がなくても、魂で感じ取れるものがある」


 翌朝。サトコは決意した。

 このノートの内容を、検証し、自分の言葉で綴り直そうと。

 
 たとえ物的証拠がなかったとしても、
「辻褄」が合えば、それは一つの“真実”として伝えられる。

 彼女の中で、探究者としての炎が再び燃え上がった瞬間だった。


つづく。
第二章

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