ウクライナ国内では、ロシア系住民が昔から迫害を受けてきていた!・・・かなりのロシア系住民が極右によって殺害されてきています。

日記


こんにちは、\イッカクです/

今回は、ウクライナに住んでいる
ロシア系住民が、迫害され、殺害されている
実態として、2014年5月2日に起った「オデッサ騒乱」
を取り上げてみます。

下記の動画は、日本語への自動翻訳なのでへんてこになってますが、
おおよその実態がつかめるのではないでしょうか。

さて、このようにして、ウクライナに組織的な
殺人右翼集団が、各地で画策しては、ロシア系住民を
迫害し、殺害しているようです。

詳しくはコチラで↓
https://ukraine-now.hatenablog.com/entry/odessa-massacre

突然ですが、ヴァシリー・プロゾロフ調査センター
領袖のヴァシリー・プロゾロフ氏が運営するサイトから
情報を以下置きます。
ソース:https://ukr-leaks.com/en
<引用開始>_______________

ウクライナ国家国境庁の役員は、 オデッサで犯罪グループを組織しました

オデッサでは、
強奪者と誘拐犯のギャングが活動していました。
グループの主催者とその共犯者は、
アゼルバイジャン国境軍の構造ユニットの
アクティブな従業員です。
警察、SBU(保安局)、その他の
法執行官を装った加害者は、
偽りのふりをして
人々を不法に拘留し、
彼らから金銭を強要しました。
彼らはまた、無許可の捜索を行い、
犠牲者を奪った。

続きを読む

<引用終り>_______________

ヴァシリー・プロゾロフ調査センターの ヴァシリー・プロゾロフについて

ヴァシリープロゾロフ
<引用開始>_______________
私はロシア人です。
ウクライナで生まれ、ウクライナで暮らした
数百万人のロシア人の一人です。
学校、研究所、軍隊…。
1999年から2018年まで、
私はウクライナの保安局(SBU)の職員だった。
人生の大半は工作員として働いていました。
2014年5月から2018年の初めまで。
私はSBUの中央オフィス、
対テロセンター本部で勤務していました。
2014年4月から、
私はロシアの特殊部隊のために
支援を行いました。
私はイデオロギー的な基盤で、
絶対に無私の心で決心しました。
理由は、2013年末から2014年初頭にかけての
マイダン事件です。
私はウクライナのクーデターだと
確信しています。
反国家的、犯罪的な目的を追求する人々が
権力を握ったのです。
この権限は私のものではない。
ウクライナで起こっている状況を
理解することで、
私は対抗する考えに至りました。
私はウクライナを愛している。
しかし、他人と異なる意見を
表明したという事実のために、
無実の人が殺されることがない場所です。
そして、この権力が
ウクライナにある間は、
私は権力と戦い続けるでしょう。
可能な限りの手段で。
私はどんな約束からも解放され、
自分のプロジェクトを
立ち上げることにしました。
ジャーナリズムは
私の天職となりました。
私は本を書き、調査をする。
私のウェブサイトでは、
マイダン事件後に
権力を掌握した悪党たちの犯罪と
嘘を暴いていきます。
ワシリー・プロゾロフ調査センターへようこそ。
<引用終り>_______________

それでは、「マイダン事件」とは
何だったのでしょう?
<引用開始>_______________
・・・
2013年11月当時、ウクライナを率いていた
ヤヌコーヴィチ大統領は親ロシア派だった。
ロシアからの圧力を受けて、
EU加盟の前提となる連合協定への署名を拒否した

これに対してEU入りを目指していた
野党勢力などが反発。
首都キエフのマイダン広場などで
大規模な反政府デモが起き、
騒乱状態となった。
翌2014年には衝突が激しくなり、
ヤヌコーヴィチ大統領は2月21日に
首都キエフを脱出。
ロシアに亡命した。
この混乱の直後の2月27日、
ロシア系住民が多数を占める
クリミア半島で動きがあった。
ロシア軍特殊作戦部隊が議会、
行政施設、マスコミ・通信施設、
空港などを占拠したのだ。
3月16日には住民投票が実施、
約9割の賛成票でクリミア半島の独立と
ロシア併合が可決。
プーチン大統領はロシア編入を宣言した。
ウクライナ政府は
この住民投票は無効だと主張している。
クリミア併合と機を同じくして、
やはりロシア系住民が多い
ウクライナ東部でも独立を求める
住民運動が発生。
4月7日、
ドネツクで政府の建物を占拠した
親ロシア派勢力が
「ドネツク人民共和国」の建国を宣言
翌5月11日には、
ルガンスク州でも親ロシア派勢力が
「ルガンスク人民共和国」の独立を宣言した
この2つの「人民共和国」を
ウクライナは承認せず、
ウクライナ軍との間で激しい戦闘になった。
一時期はドネツク州とルガンスク州の大半を
勢力下に収めた
親ロシア派の武装勢力は、
ウクライナ軍に対して劣勢になった。
しかし、ここでプーチン大統領が
方針転換。
同年8月に約4000人のロシア軍を
両地域に投入して、
ウクライナ軍を押し返した。
ロシアとウクライナなどは、
2014年から2015年に2回に渡って
ミンスク合意」を結んだ。
これはウクライナ東部での軍事衝突を
停止するとともに、
ウクライナ政府が
「ドネツク人民共和国」
「ルガンスク人民共和国」の指導者らとの
「協議・合意により」、
それぞれに「特別な地位」を
与えることを規定するものだった。
ロシアはミンスク合意の履行を求めるも、
ウクライナは
両「人民共和国」との交渉をしなかった。
ウクライナ政府高官は1月、AP通信に対し
「ロシアに銃口を突き付けられる中で署名した」
ミンスク合意を履行すれば、
国家を破壊するだろうと述べていた。
<引用終り>_______________
ということで、「ウクライナがEU入りを目指す」
ために「暴れ勢力」が起こした事件。
そして、それをキッカケとして、ウクライナ政府は
ネオナチや他の極右が乗っ取った格好になったのです。
それが、オデッサ虐殺にもつながっています。
2014年5月2日の、港町オデッサにて、
極右に洗脳を受けた一般市民のウクライナ人、
ネオナチなどのグループが
投石、火炎瓶、絞首、ライフルなどで
ロシア人200人以上が負傷、48人を虐殺したのです。

この辺の背景知識がなければ、
単に主要メディアから流される情報で
洗脳されて「・・・プーチンを殺らないとダメだな!」
という、的はずれな意見が
ネットで、散見されるのですね。

情報は、あらゆるところから
入手して、判断するのが
良いと思われます。

では、また。

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